人生のワンシーンだけを切り取った漫画もそれはそれで充分面白い
例えばですが、森薫さんの短編作品集「森薫拾遺集」(エンターブレイン)に「昔買った水着」という8ページの短編があります。これは、人妻と思しき女性が、タンスの奥から昔買った少し大胆な水着を見つけ出し、それを着てみて夫(夫は画面に出てこず、主人公はカメラ目線で語ります)に国内で着るのは恥ずかしいから、海外旅行に連れて行って、とおねだりをするだけの漫画です。
私自身とっても面白かったし、いるかMBAの生徒さんたちにも大人気だったので、とても魅力的な作品ですし、おそらく、これを持ち込み原稿にすれば、どこに行っても担当が付くどころか、掲載レベルの話になると思います。この8ページには、起承転結もなければ主人公の成長もありません。ある、夏の日の、3分間ぐらいの出来事を上手に切り取って演出しています(この作品の森薫さんの演出力は半端ないです!念のため)。私は、若い生徒さんたちが、「ワンピース」みたいなものを描きたいのはわかるのですが、ああいう難易度の高い王道漫画を描く前に、8~16ページぐらいの、大きな事件は起こらない短編を描いた方が力になるのではないかと思っています。
私の教え子が持ち込みに行って編集者さんたちによく言われるセリフは「長い。これ24ページにまとめられるよね?」(実際は32ページだった場合)です。私たちは、「長い物語を描けば面白いものが描ける」という固定観念にとらわれがちですが、実際はだらだらと40ページぐらいのテンプレ漫画を作るよりも、24ページ・16ページの短いページでまとめた作品を作る方が構成力・要約力の練習にもなるし、何よりも短い時間で完成まで行くことができるのでモチベーションが下がりません。また、40ページでも8ページでも、「1作を完成させた」ことに違いはないのですから、40ページを1本描くよりも8ページを5本描いた方が絶対に良いトレーニング・経験値になります。
そのような意味で、白泉社の「花とゆめ」が持ち込み原稿を16ページに絞っているのはとても見識ある判断です。特に、少女漫画は構成力・要約力が必要ですから。
もちろん、長い作品を作ることを否定しているわけではありません。年に1回ぐらいは、がっつり32~40ページの、起承転結があり、主人公の成長がありという漫画を作ることは、今後連載作家になったときのために大事ではあると思うのです。なのですが、毎回それでは労力がとっても無駄になるのではないか、という提案です。